「枯れ」の魅力に惹かれて──ヘアメイクアーティスト・酒井啓介さんインタビュー

ヘアメイクアーティストの酒井啓介さんが植物の魅力に引き込まれたのは、大の植物愛好家としても知られる俳優、滝藤賢一さんとのお仕事がきっかけ。ドラマや映画のヘアメイクデザインなども数多く手掛ける酒井さんに、メイクと植物に共通する美学について伺いました。

ヘアメイクアーティスト・酒井啓介さん

映画『たたら侍』、テレビドラマ『教場』(木村拓哉担当)をはじめ、多くの作品のヘアメイクを担当。キャラクターの造形や印象的な画面づくりにまで踏み込んだ表現に定評がある。直近の仕事は、2021年8月13日公開予定の『妖怪大戦争 ガーディアンズ』(監督:三池崇史)。

「死体に蛾を貼る」ところまでがヘアメイクの仕事

自分の仕事は「ヘアメイク」に留まるものではなく、バックボーンも含めた人物のデザインに近いのかもしれません。肌の質感を作りこむことで現実離れした姿形を表現したり、キャラクターが本当に戦場にいるかのようなリアリティを演出したり。俳優さんをきれいに見せるだけでなく、作品の世界観に引き込むビジュアルを作りあげるような役割を担っています。

近年はマンガ原作ものや時代劇の現場に呼ばれることが増えてきました。それはビジュアルを作り込む余地が大きいからでしょう。以前はナチュラルトーンで仕上げる現代劇の仕事が多かったのですが、だんだんと作り甲斐のある難しい作品に巡りあうことも増えていきます。そうして好みの作りものができる作品を楽しんでいくうちに、メイクデザインの仕事もいただくようになりました。

最近の作品だと、テレビドラマ『教場』なんかがわかりやすいかもしれません。主人公は義眼で、どこか謎めいた怖さを感じさせるキャラクターです。実際の義眼はとても精巧なので本物と見分けはつきませんが、撮影では黒目が小さく見える特殊なコンタクトを使い、義眼側の肌の質感が変わるメイクも施しました。それらは、観る人のなかに無意識に生じるであろう「強い違和感」を狙った仕掛けです。

酒井さんの仕事場。メイク道具や資料とともに植物が並べられている。

そうしたトータルの印象を作り上げるヘアメイクに目覚めたのは、ある俳優さんから名作『戦場のメリークリスマス』の演出についての話を聞いたときでした。デヴィッド・ボウイ扮する軍人が土に埋められたカットを撮影するときに、ボウイの専属ヘアメイクの方がその顔にモンシロチョウを置いたのだそうです。「キャラクターが死んでしまった」ということをこれ以上ないほどにさりげなく、しかし鮮やかに表現する手法に衝撃を受けました。チョウを捕まえて顔に貼るなんて考えたこともなかったので、「ヘアメイクってそこまでやっていいものなのか」と蒙が啓かれましたね。『たたら侍』の撮影時には自分でも戦場に横たわる死体に蛾を置いてみたりしましたが、この時からヘアメイクに対する考え方は大きく変わったと思います。

多肉植物やソテツ科など、乾燥に強く丈夫な種類が並ぶ。

「買いたい」よりも「育てたい」

仕事の準備はだいたいこの仕事場で行っています。4年ほど前に滝藤賢一さんと植物関係のお仕事をして以来すっかり植物にハマってしまって、今では半分植物のための部屋みたいになっています。

そのお仕事ではタイの園芸農家を訪れて、珍しい植物を色々と見せてもらいました。そこで初めて見た「エンセファラルトス ホリダス」にすっかり魅了されたことが、植物を集めてみたいと思ったきっかけです。とはいえ海外原産の植物を集める場合は大きい株をまともに買うと非常に高価なので、種を海外から安く仕入れて育てるようにしています。

どちらかといえば「集めたい」というより「育てたい」という気持ちの方が強いのです。育ちきった植物はほとんど買いません。なるべく種か小さな株の状態で買って育てる過程を楽しんでいます。いいなと思った植物も、まず先に種で買えるかどうかを調べますね。

そうは言ったものの、まだまだ素人なので育てるのはなかなか難しいです。海外の珍しい品種を手に入れると、育て方がわからないなんてこともしばしば。たとえば、オザキさんで購入したジュラシックツリーの挿木は、太古の昔に絶滅したと思われていたものが90年代にようやく再発見されたという品種です。野生の成木は世界に50〜100個体ほどしかないと言われているぐらいで、もちろん日本では育て方なんて知られていません。英語の資料をあたりながら、必死に育てました。購入した3株のうち、なんとか1株は生き残ってくれています。

種から育てているという「ユーフォルビア トゥレアレンシス」。

すでに出来上がったもので満足せずに自分で手を加えたい、手間がかかっても自分なりの方法を追究したいというのは、メイクにも共通する志向かもしれません。例を挙げると、僕は肌の質感を作るときに、歯ブラシでインクを弾いて点描のように着色する手法をよく使います。肌のブツブツとした質感を、皮膚の形ではなくインクの点描によって再現するわけですから、メイクとしては邪道といえるかもしれません。普通にメイクするより手間もかかります。それでも、やっぱりこの方法の方が画面越しに見たときに味が出るのです。狙った表現に近づけるのなら、必ずしもセオリー通りじゃなくてもいい。むしろ既存のやり方をどんどん脱していくのが大事かなと思います。

いびつさも、素材のもつ魅力

メイクでも質感を大事にしていますが、植物を選ぶときにも「質感を気に入るかどうか」は大きなポイントになります。自分の場合は、葉っぱや根っこが変わった造形をしていたり、枯れかかったりしているものに惹かれがち。枯れてカリカリになった状態の造形がかわいかったり、「枯れかけているのに生きている」という強さにグッときたりします。枯れかけを楽しみたいがために、多少枯れても死なない丈夫な品種を集めてしまうのかもしれません。

 

葉が枯れてカリカリに縮れた「ダドレア・ヴィレンス・ハッセイ」。

育てるときには、素材の持つ個性やいびつさをどうにかして活かしたいと考えています。素材の自然な魅力を引き出し、それを活かして個性的な形を生み出す。たぶん、そういうところでヘアメイクデザインと植物を育てることの間には通ずるものがあるのです。

最近では事前にデザインをあまり決め込まずに、本番当日に俳優さんを見てその場で考えて仕上げることも増えてきました。頭の中でデザインを考えるより、素材が持っている魅力を引き出すほうが結果的にパッションをうまく表現できるのかなと思います。素材のポテンシャルを大事にする感性が持てるようになったのは、まさに植物のおかげかもしれません。

自分にとって植物はあくまでも趣味ですが、「コツコツ作り込んでいくのが好き」という自分のコアな関心をいつでも思い出させてくれる存在です。今育てているのは大きくなるまでに何十年もかかるものばかりなので、これからも気長に付き合っていければと思います。

 

酒井さんがヘアメイクデザインを手掛けた新作『妖怪大戦争 ガーディアンズ』(監督:三池崇史)は、8/13公開予定。
https://movies.kadokawa.co.jp/yokai/

編集:fridge Inc.

一覧に戻る