憧れの、ローズツリーハウス ── 東京都・菊池美紀子さんインタビュー

オザキから10キロほど離れた住宅地の真んなかに、季節になると一際目に留まるバラの塔があります。それは地域のランドマーク。かつて清らかな流れが豊富に巡っていた地域で、みずみずしく植物と暮らすひとの今とこれからをインタビュー。

菊池美紀子さん

国内外の大学で教育心理学を学び、教育機関にて、外国人学生や研究者のケアやマネージメント、調査研究に携わる。
のちに、国際教育や国際交流、さらに男女共同参画の領域でも幅広いプロジェクトに参加。退職後、留学先のひとつだったイギリスで経験したバラを主役にした庭づくりを、自宅にて本格的にスタートさせる。

町角にそびえ立つバラ屋根には夢と希望が乗っかっていた


閑静な、という言葉がぴったりな住宅地。樹木と草花に彩られた新旧の家々が連なり、季節を問わず、恰好の散歩コースとなりうる界隈です。
5月にしては強すぎる日ざしを避けたくて、樹木が生い茂る小径を選んで歩いた先で、つるバラの壁面が出迎えてくれました。
目を上げれば、バラに覆われた大屋根。思わず声を上げ目を見張るその華やかなたたずまいに、しばらくその場を動くことができませんでした。

ここは菊池美紀子さんのご自宅。25年前、二世帯住宅に建て直して現在の姿になりました。
バラに覆われた大屋根は、じつは古家の一部だそう。
残した部分をガレージと小部屋として利用し、古家の上にバラのための構造物を増築した格好です。

「屋根の上に上がってみない?」と菊池さん。

えぇっ、上がれるんですか? 案内されるままに恐る恐るついていくと素朴な階段が現れ、先導する菊池さんは足取りも軽やかに上がっていきます。

まさかの展開、ここはバラのツリーハウスだった。

   

大柄な人だとちょっと窮屈かもしれない階段を上り切った屋上の、四方の囲いを覆い尽くすのもバラ。
まるでバラの生垣のなかに佇んでいるかのよう。
濃厚なバラの芳香に酔いしれるのもつかの間、地上から見上げた風見鶏の塔が手が届かんばかりの目前に迫るではありませんか。

 


赤は小輪ロゼット咲きの「チェビーチェイス」。
手前の薄いピンクはお馴染みの野生種、ツクシイバラ。


ロサ・ムリガニー。中国からネパール原産の野生バラ。秋にはローズヒップをたわわにつける。

流行りのスカイテラス(屋上ガーデン)さながらのポジショニングも、バラに囲まれればこんなにリッチ。
五月晴れを仰ぐのも美しいけれど、夜になったらビールやワインでバラに献杯、さぞよい時間だろうな。
などど妄想を巡らせてしまうほど、いつまでもいつまでも佇んでいたくなる空間です。

「大好きなんです、原種のバラとランブラーローズが。」(菊池さん)

つるバラのなかでもよく伸び、フェンスやパーゴラなどの構造物を覆うのに最適な系統、ランブラーローズ。そして原種のバラ。
丈夫で花つきがよい品種を選び、贅沢に誘引したのがこのバラの大屋根の正体というわけ。

「では、庭のほうにもどうぞ。」

菊池さんの晴れやかな声で我に返って、バラの世界を惜しみつつ細い階段を降りていくのでした。

「ポールズヒマラヤンムスク」。変わらない人気のランブラーローズ。

「かわいいでしょう?」と菊池さん。ツクシイバラは丈夫な野生バラ。秋のローズヒップも楽しめる。


ロサ・ムリガニーは塀際のほんの小さなスペースに植えられている。年数を経て、株元はこんなにたくましく育ってた。

好きなものだけを集めたシークレットガーデン

ガレージを通り抜けた先が、家屋に寄り添うように回遊する庭。これぞシークレットガーデンという趣きで、鬱蒼と生い茂る樹木がちらとらと木陰をつくります。ふと見上げた家屋の壁面にはクレマチスやテイカカズラが誘引されていて、どこに目をやっても抜け目なく、植物の姿があります。

家屋壁面にテイカカズラ。丈夫で手間なくよく伸び、よく香るお気に入り。

クレマチス「アフロディーテ・エレガフミナ」。多花性のインテグリフォリア系。

ミヤコワスレの群生、ヤマアジサイ、ユーフォルビアなど。早くもユリが蕾を上げていた。

庭の奥へ奥へと歩みを進めると、池をも擁する多彩なシーンの効果なのか、だんだんと自分がどこにいるのかわからなくなる感覚に。
ここは里山の雑木林か、はたまた避暑地の疎林か。見知らぬ森を行くような、不思議な高揚感を味わえます。
また、この庭の植栽部分にはわずかながら起伏がこしらえてあり、それもまた、人工物である「庭」とは一線を画す風合いをもたらしているのかもしれません。

散り斑のヤツデとアオキがつくる静かな一角に、アイキャッチャーとなる石像がシェードガーデンに物語を添えて。

大きな葉を広げる白花ハッカクレン。「こんなに大きな葉は初めて」と菊池さんも驚いたそう。

先代から受け継いだ庭を、少しずつ自分好みに育ててきた菊池さん。
長年コレクションしてきたというクリスマスローズは、初夏のこの時期だからこそ、あちこちで特徴的な葉を広げていました。

「大和園さんの花が気に入っていて、少しずつ集めているんです」と菊池さん。

そのほか原種も、東京では栽培困難なチベタヌスを除いた全種類を大切に育てているそうです。
そのほか原種シクラメンもコレクションしているとのことで、早春にもぜひもう一度、訪れてみたくなりました。

クリスマスローズとプルモナリアのグラウンドカバーはガーデナーの憧れ。

こぼれダネで芽吹いたクリスマスローズが密かに育っていた。

マニアックに、好きなものだけを集めた庭づくりを堪能する菊池さん。
しかしながらその想いは、敷地内だけにとどまりません。たとえば、冒頭の木陰の小径というのは、北側に面した小道のこと。
あえて塀をこしらえなかったことで、季節ごとの樹木と草花がふんだんに外部へと提供されています。

「道ゆく人に季節を楽しんでもらえたらなと思って」と菊池さん。

ガーデニングを楽しまれるお宅が少なくないエリアとはいえ、こんなふうに立地を生かしながら四季折々の景観を楽しむことができるゾーンは、そうそうないかもしれません。

そしてじつは10年ほど前から、菊池さんは年に2回のオープンガーデンを開催しています。
その年の1回目は3月の週末。菊池さんがコレクションしているクリスマスローズと原種シクラメンを観賞することができる、年に1回の機会です。

そして2回目が、バラの大屋根が彩られる5月の毎週末。
地域の人たちはもちろんのこと、バラのツリーハウスの噂を聞いた人が遠方からもやってきます。

異文化間心理学の研究者として、また国際交流実務にも、長年国内外で活動してきた菊池さん。
今後はさらに、地域交流や活性化のためにバラとガーデンを活躍させたいと目を輝かせながら夢を語ってくださいました。

この秋はさっそくハロウィンイベントを企画されているそう。
2022年10月1日(土)29日(土)、菊池さんのシークレットガーデンの扉が開きます。
イルミネーションと珍しいアメリカ製のドールライトが灯り、キッチンカーも登場予定という豪華プラン。

菊池さんの庭が人を呼び、繋げていく。そんな予感がしてなりません。

小さな猫の像は、菊池邸に沿う小径の守り神のよう。

菊池さんのオープンガーデンやイベントの案内を希望される場合は、QRコードを読み込み、Googleフォームに必要事項を記入のうえ送信のこと。
登録メールアドレスに菊池さんから案内が届きます。

 

編集/ozaki flowerpark
撮影/今祥太朗
取材/ウチダトモコ

 

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