そこに「窓」があるから。窓との関係性は、人も植物も一緒──建築家・日高海渡さんインタビュー

都心の繁華街を離れた住宅地。瀟洒なカフェが点在するの目抜き通りを臨む日高さんの住まいは、築50年のビンテージマンションを自らリノベートした一室。建築家の彼にとってそれは、家自体がいわば自分の作品集です。さて、そんな背景を持つ家で植物はどんな立ち位置で存在しているのか、ハードウエア視点での植物のあり方に注目してみます。

日高海渡さん

大学、大学院で建築を学び、建築事務所に勤務後、独立。自らの建築事務所を設立したのち、さまざまなチームとの協同ワークを主体に空間設計業務を行うデザインチームを主宰。祖母から譲り受けた「カネノナルキ(Crassula portulacea、カゲツ、和名フチベニベンケイ)」を大切にしている。自宅では、初めて買った植物、フィカス・ウンベラータがもっぱらの相棒。

人の暮らしには必ず窓。そして植物がある。

南面にざっと4部屋分の窓、窓、窓。南向きを独り占めする横長の「ウナギの寝床」の住戸配置は近年の物件ではなかなかお目にかかれなく、ビンテージマンションならではの贅沢さ。この個性を生かすべく、開放感とメリハリのある空間にリノベートした結果、日高さんの住まいは窓とは切っても切れない関係性が生まれました。

南面の腰高窓から日ざしが降り注ぐリビングルーム。来客を招くのが好きな日高さんは、ここで仲間たちと集まるのが日常の楽しみでした。


 とはいえ「住まい」に窓は必須のアイテム。(*1
「窓がない住まいは存在しないんです」と日高さん。
そこにあって当たり前の「窓」だけれども、だからこそ窓は大切だと、日高さんは早速、壁面いっぱいの書棚から、こんな本を1冊取り出して見せてくれました。

「こちらは僕が大学院生だったときに研究室で協力した本で、世界各国の住居の窓の実例が集められているんです。」(日高さん)
まず表紙の物件からして、住まいの中へ入り込むツタが印象的な窓の風景が掲げられています。

「ひとつひとつ見ていくと、室内、屋外問わず、なんらかの植物が写り込んでいる窓が多いんです。」(日高さん)

*1 建築基準法で窓がない部屋は、人が長時間過ごす居室として認められていない。

右が窓と植物の親密な関係を教えてくれた本、『WindowScape 窓のふるまい学』。
左は日高さんの空間づくりに影響を与えたスリランカの建築家『Geoffrey Bawa』の自宅とセカンドハウスの写真集。


室内と屋外の境界の目印でもある窓。室内なら人と共生のごとく、屋外であっても暮らしのすぐ間近に植物があることを、窓の存在が教えてくれるのです。
「設計をするときは窓をベースに考えるのですが、この本のお陰で、窓の近くにはやっぱり植物があったほうがいいなと思うようになりました」と日高さん。

人を迎い入れくつろぐリビングルームには、やっぱりそれなりの大きさがあって、存在感と包容力のある植物を配したい。

そこで日高さんがセレクトしたのがフィカス・ウンベラータだというのも頷けます。
明るい窓の方向へぐいぐいとしなやかな枝を伸ばすウンベラータは、もはやこの部屋の主のような存在感。

南向きの腰高窓の下に造作のデイベッドという、贅沢な設計。横には相棒のウンベラータ。やっぱり窓とは離れられない。


「ここのソファでくつろぐと、まるで木陰にいるみたいなんですよ。部屋の中なのにね。」(日高さん)
そのウンベラータと空間を共有するのはグアバ(バンジロウ)。熱帯果樹としてもお馴染みですが、観葉植物として楽しむのはまだ珍しいケース。トロピカルフルーツと同居しているの!?  なんて、訪れたゲストとの話題も弾みそうです。

ご友人からのプレゼント、ピレア ‘シルバーツリー‘ を自作のサイドテーブルに。シルバーメタリックな斑が、コンクリート現し空間の小さなアクセント。

空間にメリハリを。そして各所にマッチする植物を。

さて、リビングルームのお隣がこちらのダイニングルーム。実は日高邸では、玄関ドアを開けるとすぐ目の前にこのダイニングテーブルがどーんと構えているのですが、それが全面的にゲストを迎い入れるアプローチとなり、好感が持てます。
「食事もできるし、仕事の打ち合わせもここで。」(日高さん)

そんなフレンドリーな空間に選ばれし植物は、シェフレラとフランスゴム。
いずれも初心者にも育てやすいグリーンとして、言わずもがなポピュラーな種類です。

「シェフレラは買ったばかり。この場所に似合う鉢カバーを見つけたいですね。」(日高さん)


「ウンベラータやグアバに比べれば、手入れが楽なものをここにまとめています。」(日高さん)
 なるほど、一日のうち自分がいる時間が長い空間に少し手間がかかかる種類を置けばそのぶん目が届きやすくなるというひと工夫。

その場所に置く植物を選ぶとき、日当たりなどの環境だけではなく、住まう人の行動パターンを取り入れるアイデアは、建築家らしいエッセンスが感じられ、私たちにとって大きなヒントになりそうです。

ダイニングルームに日が差し込んでくると、メテオリ(*2) が輝きを増し、壁に映る陰影をともなって幻想的な空間を生み出す。日ざしの存在を、影という視覚で捉える美意識。

*2 金属製のヒンメリのこと。ヒンメリとは藁に紐を通してつくるフィンランドの伝統的な吊るし飾りで、主に冬至のころに飾られる。

 

そしてリビングルームを挟んで反対側のもうひと部屋がこちら。
日高さんが「オープン・ストレージ」と名づけたその空間は、ほかの部屋にうっすらと散りばめられた世界各国の伝統的な民藝品やアンティーク、思い出の品々が集約された場所。

床面はほかの部屋より1段高くとも、「オープン・ストレージ」では床に座る。ほかよりも「くつろぎ」を重視した設定に注目。

幼いころ、パキスタンに住んだことがあるという日高さん。
当時からご両親が大切にしていたという海外の敷物や小家具なども並びます。
時代や国が違っても違和感なくなじみあうのは、日高さんの審美眼でセレクトされた物たちだからでしょう。

見渡せば、この部屋にグリーンはひと鉢もありません。その代わりに(?)ドライフラワーが飾られていました。

「ここはノスタルジックなものが主役。いただいた生花をドライフラワーにしたもののほうが似合うなぁと思って」と日高さん。

「現在」を生きる自分と、その相棒の植物のための空間である部屋とは、床面の高さを1段高くしてゆるく分け隔てた「過去」は、ほかに比べてほんの少し私的な存在。
さらに、時間軸という目には見えない新たな空間をこしらえているのです。

開かれた空間で心地よさを追求

オザキのお客さまをはじめ植物マニアなら、室内をグリーンでモリモリにするところを、日高さんの住まいで植物は、あくまでも共存する相棒。だから植物の数は極力抑えめです。それでも
「もしも日高さんがあともうひと鉢、植物を加えるとしたら?」と尋ねてみることに。

「ここですね」と即答で指さすのはリビングルームのほんの隅っこの窓際で、お祖母様から譲り受けたカネノナルキとネオレゲリアの小鉢がありました。この窓辺の環境に合う、それほど大きくない植物をもうひと鉢。きっとこの隅っこが、より印象的なものになるはずです。

お祖母様から鉢ごと譲り受けた「カネノナルキ」がこちら。民芸調の鉢と鉢皿との一体感は、昨日今日でできあがるものではないことを物語る。右は友人のアドバイスで入手した赤いネオレゲリア。

続けて、この部屋では珍しい赤という色のネオレゲリアを選んだ理由をお聞きすると、ご友人からのアドバイスだったそう。

「でも最初は悩んだんです。えぇっ、赤? って。でも信頼している友だちのアドバイスだし、それでいざ置いてみるといい具合にさし色になって、あ、やっぱりよかったなって。」(日高さん)

植物マニアとは一線を画する、バランスよく人と植物が共存する心地よい暮らしかた。つい内側に閉じてしまいがちな今のこの世の中において、フレンドリーでオープンマインドな心得を、日高さんの住まいがさりげなく教えてくれたようです。

 

* 日高海渡さん Instagram
https://www.instagram.com/yoyoginoie/

編集:ozaki flowerpark
文:ウチダトモコ
写真:荒巻翔平

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